長崎電気軌道

浦上車庫
浦上車庫にて1050形・600形
長崎電気軌道の浦上車庫にて。許可をいただいて撮影しました。
引き込み線には1950・60年代製の車両が並び、古い石畳は機械油が染みこんでいる。本線と合流するあたりが浦上車庫前の電停だ。
元仙台市電の1051号(オレンジ帯)、元熊本市電の601号(青色)は主にイベント用で、当時の塗装に復元されている。車内外とも美しく大切に整備されている様子が伝わってくる。長崎の町を走る路面電車は2015年で開通100周年だ。
360度パノラマを表示する [2015.9]

大村線

千綿駅 (2015年9月)
千綿駅にてキハ66・67-110
大村湾の東岸に沿って走る大村線。目の前に大村湾が広がる千綿駅で2度目の途中下車。夕暮れ時の良いタイミングで国鉄色のキハ66・67がやって来た。
360度パノラマを表示する [2015.9]

千綿駅のパノラマは Jpano (日本のパノラマクリエイターの作品を紹介するサイト)に掲載されました。あわせてご覧ください!

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島原鉄道

島原外港駅
終着駅になった島原外港駅に停車中のS-DC2551A
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日豊本線

大分駅
大分駅で並ぶ885系ソニックと787系にちりん
駅は2012年3月に高架化が完成し、これから駅ビルを建てるそうで駅前は再開発工事の最中だった。博多方面の特急「ソニック」(885系)と宮崎方面の特急「にちりん」(787系)が並んだところで、駅前風景を入れて撮影。前回の大分駅訪問は2008年12月で、まだ寝台特急「富士」が走っていた頃だった…。
360度パノラマを表示する [2013.9]

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日南線

志布志駅
日南線の終着、志布志駅
南宮崎駅から大隅半島の付け根まで伸びる日南線(88.9km)の終着駅。鹿児島県志布志市志布志町志布志2丁目にあって、果てしなく志布志が続いているように見える(笑)。構内の広い空き地がさびしい無人の終着駅になってしまったが、1987年3月までは日豊本線都城駅への志布志線と、鹿屋・垂水経由で日豊本線国分駅への大隅線が接続するターミナル駅だった。
この日は、前日までの台風の影響で予定変更、都城から路線バスに乗って志布志駅へ辿り着いた。バスの車窓からは旧志布志線の遺構もたくさん見えて、つくづく列車で周ってみたかったと思う。
360度パノラマを表示する [2013.9]

油津駅
日南線油津駅、台風一過の夕焼け空
乗り継ぎで途中下車した油津駅。巨大な携帯アンテナに視界を奪われてしまうけれど、日南線の駅前はヤシの木が伸びていることも多く南国に居ることを実感する。志布志から乗ってきた列車が折り返して行った。久しぶりの晴空、台風一過の夕焼けが心地よかった。
360度パノラマを表示する [2013.9]

日豊本線のパノラマこちら

鹿児島市電

谷山電停。600形(611)と2130形(2132)
路面電車最南端の谷山電停。600形と2130形が停車中
鹿児島市は路面電車が走っている最南の都市で、終点の谷山電停が最南端の電停になる。駅舎は河童のような形をしていてかわいい。正面にある「日本最南端の電停」と書かれた標柱は、2012年に開業100周年を迎えた際に設置されたそうだ。となりの線路は最南端の西大山駅がある指宿枕崎線。谷山電停とJR谷山駅は少し離れていて接続していない。
360度パノラマを表示する [2013.9]

特急 ドリームにちりん

深夜の大分駅
深夜の日豊本線大分駅で長時間停車する特急ドリームにちりん
特急「ドリームにちりん」は、下り列車が博多 – 宮崎空港、上り列車が南宮崎 – 博多間を走っていた夜行列車だった。783系5両編成で、九州で最後まで残っていた夜行列車でもあった。上下列車とも途中の大分駅で時間調整のため長時間停車(下り列車は2時間弱、上り列車は1時間強)して、両列車が並んだところをパノラマ撮影した。下り列車は博多 – 大分間の最終特急列車の役割で、上り列車も宮崎 – 延岡間で大半の乗客が下車し、夜通し乗り続ける利用者はほとんど居なかった。
360度パノラマを表示する [2008.12]

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寝台特急 あかつき・なは

2008年3月15日ダイヤ改正で廃止された京阪神〜九州間のブルートレイン。京都〜長崎間の寝台特急「あかつき」、京都〜熊本間の寝台特急「なは」の360度パノラマ記録。
寝台特急あかつき
Panorama + 入線時の走行音 (1:13) ↑
長崎駅19時30分過ぎ、4番線に入線してきた寝台特急「あかつき」。牽引機のED76 94と「レガートシート」(オハ14 302)の前で。廃止時の「あかつき」は6両編成で、開放B寝台、A1/B1/B2個室寝台のほか、夜行高速バス対策に座席車指定席のレガートシートを連結していた。ダイヤは長崎19:47発(8:55着)-京都7:53着(20:02発)であった。
島鉄撮り歩きの帰路、諫早から鳥栖へ出て「なは」で帰る予定だったが、ふと窓口で尋ねたら「あかつき」が空いていたので、そのまま予定変更。諫早からは長与経由のキハ66+キハ67に乗って長崎駅へ。最初で最後の「あかつき」の旅だった。

鳥栖駅から熊本発の「なは」と併結運転
鳥栖駅
クリックすると360度パノラマが表示されます ↑
長崎発の「あかつき」は鳥栖駅から鹿児島本線へ。この駅で熊本発の「なは」と連結、終点の京都まで併結運転していた。上下に窓が並ぶB1個室「ソロ」(オハネ15 351)の前で。鳥栖駅の3番線に到着(21:48)した「あかつき」は博多方へ引き上げ後、1番線に到着(21:32)していた「なは」と連結。817系の向こうに小さく見える885系、博多行きの特急「かもめ」48号を先行させ、22時07分の発車だった。
過去には「明星」や「彗星」とも併結運転してきた「あかつき」、最後の併結列車は「なは」だった。一方、西鹿児島まで運行していた「なは」も九州新幹線開業により熊本止まりとなり、列車愛称名の”那覇”とは遠く離れた最後だった。「あかつき」編成の6両はJR西日本、「なは」編成は電源車を含めた5両がJR九州の車両。列車廃止や短編成化の末に、最後まで残った車両をつなぎ合わせたような11両編成だった。関西と九州を結ぶブルートレインは2008年3月15日のダイヤ改正で姿を消した。

ソロ下段 (オハネ15 351)
あかつき・ソロ
Panorama + 車内放送 (4:39) ↑
乗車した「あかつき」の「ソロ」(オハネ15 351)下段にて。長崎駅を出発(19:47)した「あかつき」は、佐賀駅発車(21:29)後に”おやすみ放送”が流れた。冒頭の「ハイケンスのセレナーデ」は電子音ではなく、久しぶりに聴いたオルゴールチャイムだった。
車内は中央通路で、その左右に個室が14室ずつ全28室ある。定員を多く確保するために上下段室は重なって配置され、室内スペースは最小限。引き戸を開けると上段室の張り出しが迫ってきた(そしてそれを認識しながら頭をぶつけた私…)。足下のスリッパ周辺だけが直立可能なスペースで「富士・はやぶさ」タイプのソロと比べると窮屈。ベッドは線路方向で足を伸ばして車窓を眺めるのが快適。大きめの窓が空間の狭さを和らげてくれた。

あっけなく関門トンネルを抜けて九州を後にしたことに気がついた、下関は大雨だった。
(2008年3月撮影)

寝台特急 富士・はやぶさ (2)

2009年3月14日のダイヤ改正で廃止された寝台特急「富士・はやぶさ」の360度パノラマ記録、九州編です。
寝台特急富士
Panorama + ED76走行音 (2:19) ↑
大分駅を出発する寝台特急「富士」。隣のホームで輝く883系、特急「ソニック」よりも短い14系寝台客車6両編成で、それが九州発着最後のブルートレインの姿であった。2005年3月以降(長崎〜東京の寝台特急「さくら」廃止後)は単独運転ではなく、途中の門司駅で熊本発の寝台特急「はやぶさ」と併結して東京まで走っていた。この日、門司までの牽引機はED76 69号機で、その前面に「富士」のヘッドマーク。どこから見ても一目で富士山と分かるデザインは秀逸だった。
(2008年12月撮影)

熊本駅 上り「はやぶさ」
はやぶさ
Panorama + ED76走行音 (3:21) ↑
九州新幹線の工事が進む熊本駅を出発する寝台特急「はやぶさ」。牽引機のED76が汽笛を鳴らし、吊り掛けモーターを唸らせて駅を離れて行った。熊本駅は15時57分発。プラットホームには「はやぶさ」の乗客…、ではなく15時55分に先発する「リレーつばめ」14号を待つ乗客の列。間もなく消えゆく「東京」行きの表示も時刻表も新幹線の高架工事も全部入るところで撮ってみた。環境音は先発の「リレーつばめ」14号の音から収録。「はやぶさ」が去った後の構内には新幹線工事の音が響いていた。
(2008年12月撮影)

朝の門司駅 下り「富士」
富士・はやぶさ
8時46分、関門トンネルを抜けて門司駅に到着した寝台特急「富士・はやぶさ」。列車はここで2分割され、前6両の熊本行き「はやぶさ」は8時59分に、後6両の大分行き「富士」は9時10分に出発していた。牽引機は東京駅〜下関駅がEF66、関門トンネルを通過する下関駅〜門司駅がEF81、門司駅から終着の熊本駅・大分駅間がED76だった。撮影は後発の「富士」側で。8号車オロネ15 3000番台は1人用A寝台個室「シングルデラックス」、14室分の窓ガラスが並ぶ。9号車オハネ15 2000番台が1人用B寝台個室「ソロ」。
(2008年2月撮影)

朝の門司駅 下り「はやぶさ」
富士・はやぶさ
こちらは「はやぶさ」側で。熊本までの牽引機、ED76 90が連結されるシーン。広くて長いプラットホームがかつての隆盛を物語る。ホーム中央部は改修されているが前後には古い上屋が残っていた。九州の玄関口として朝に夜に次々とブルートレインが発着していった門司駅、「富士・はやぶさ」が最後の寝台特急だった。
(2008年12月撮影)

門司駅 上り「富士・はやぶさ」
富士・はやぶさ
Panorama + 出発時の走行音 (3:09) ↑
雨の門司駅を出発する寝台特急「富士・はやぶさ」。18時46分、熊本発の「はやぶさ」が隣の6番線に先着。続いて18時58分、5番線に到着した大分発の「富士」と連結し、19時15分に門司駅を発車していた。上り列車は前(東京)寄り6両が「はやぶさ」、後ろ6両が「富士」だった。撮影当日の編成は、関門トンネル用の機関車EF81 410の後ろにスハネフ14-3が連結されていた。1971年に14系の先行試作車として製造されたうちの1両である。

ブルートレイン全盛期は知らないが、12両の客車がゆっくりと発車していく風景も今となっては良き音の思い出である。14系の分散電源方式も雨のプラットホームで聴いていると心地よいアクセントだった。それにしても雨の中のレコーディングは悩ましい。傘は差せないし、スハネフ14の前では床下の電源用エンジン音ですべてかき消されてしまうし…、結局、プラットホーム先端にあった詰所の軒下で録音することにした。マイクとレコーダーが濡れないように苦心して手持ちするも、ついには軒からの雨粒(数滴)がウィンドジャマーを直撃… ^^;
列車を見送った後は門司港駅へ、もう雨など構わずワシワシ外へ出たから良いパノラマが撮れた。
(2008年12月撮影)

門司駅に到着した上り「はやぶさ」
寝台特急はやぶさ
Panorama + 環境音・案内放送 (1:00) ↑
門司駅に到着した「はやぶさ」は、熊本からの牽引機ED76を関門トンネル用のEF81に機関車交換。その後、「はやぶさ」編成はいったん下関方に引き上げ、大分からの寝台特急「富士」が隣のホームに到着すると後進して2列車を連結していた。環境音はその時に収録した音である。(ひとつ上のパノラマが2列車連結後、隣のホームを出発する風景。別の日に撮影したものだが車両が同じスハネフ14-3だった。)

熊本から乗ってきた「はやぶさ」は18時46着で19時15分発。その長い停車時間は、旅の終わり、九州を去らなければいけない少し物哀しい気分と時間と、足りなくなったビールなどを補充するとても嬉しく楽しい時間でもあった…(笑)。たぶん世の中の変化の方がずっと早いのだろうけど、今改めて見ると、ここ数年で鉄道の風景も大きく様変わりしたな、と思う。東京と九州を結んでいた寝台特急「はやぶさ」の愛称は、廃止後わずか2年で、東京〜新青森間を走る新幹線の愛称となった。
(2008年12月撮影)

B寝台 (スハネフ14 12)
はやぶさB寝台
Panorama + 車内放送 (3:15) ↑
こちらは往路に乗車した「はやぶさ」、B寝台車内のパノラマ風景と熊本駅到着前の車内放送。往時の半分にも満たない6両編成、同じ特急でありながら、途中の福間駅では特急「ソニック」を先行させるために運転停車、という憂き目にもあった… ^^; 。東京駅で乗った4名の他に途中駅からの乗車はなく、小倉でひとり、博多でふたり降りられたと思う。気がつけば車内は私ひとりになっていた…。約1300km、18時間弱の長旅の終わりに、聞き慣れたチャイムが流れると先頭の機関車から汽笛が聴こえてきた。そろそろ“お昼”も気になる11時49分、寝台特急「はやぶさ」は熊本駅に定刻着。駅は九州新幹線全線開業に向けた工事の真最中であった。
(2008年12月撮影)

ソロ上段 (オハネ15 2005)
ソロ
Panorama + 車内放送 (5:35) ↑
往路はB寝台だったので復路はソロ上段を利用した。オルゴールのチャイムが鳴っておやすみ放送をぼんやり聞いたり室内灯を消して流れる車窓を眺めていたら、ついつい呑み過ぎて寝てしまった。これが最後に乗った「富士・はやぶさ」の思い出。
(2008年12月撮影)