牟岐線

(臨)田井ノ浜駅
臨時の田井ノ浜駅を通過する1500形
牟岐線の由岐駅 – 木岐駅間にある田井ノ浜駅(徳島県海部郡)は、海水浴シーズンのみ列車が停車する臨時駅である。海に面した監視塔が立っている場所が駅で、プラットホームからそのまま田井ノ浜海水浴場に続いている。夏が過ぎた入江は静かで、夕暮れ時の通過列車までのんびり待っていた。由岐駅まで往復歩くのはなかなか大変だったけれど…(笑)
360度パノラマを表示する [2012.10]

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三陸鉄道

北リアス線 久慈駅 車庫

整備中の三陸鉄道36-2100形とDMF13HZエンジン
36-2100形「さんりくしおかぜ」と車体から下ろされて整備中のDMF13HZエンジン。取材時に久慈駅構内の車庫を撮影させてもらいました。
東日本大震災で甚大な被害を受けた三陸鉄道の南リアス線と北リアス線。2011年11月の撮影時には不通だった北リアス線田野畑 – 陸中野田間が2012年4月に運転再開。その後、2013年4月には南リアス線盛 – 吉浜間が再開、津波被害が大きかった北リアス線小本 – 田野畑間と、南リアス線吉浜 – 釜石間は2014年4月に全線再開を果たした。
360度パノラマを表示する [2011.11]

panologue (パノローグ) 創刊号

iPad用の電子書籍『panologue』創刊号がようやくリリースされました。(現在はダウンロードできません。当時の紹介記事です。)
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横浜港大さん橋

横浜港大さん橋国際客船ターミナルと横浜夜景
飛鳥2の夜景パノラマ
クリックすると360度パノラマが表示されます (iOS対応) ↑
夜景と機材のテストを兼ねて夜の横浜へ。どこへ向かうかも決めずに出かけたが、大さん橋に飛鳥2の姿が見えたので迷わずにすんだ。飛鳥2は日本船籍で最大の客船(50,142トン)で横浜が母港だ。海からの寒風吹きさらしの屋上フロアはいつも寒いけど、大きな煙突から煙が白く流れて美しかった。撮影中ふと見上げれば満天の星だった。
(2010年11月撮影)

オーロラと飛鳥2が同時入港
オーロラと飛鳥2のパノラマ
♪ オーロラ号の汽笛 (0:58) ↑
2007年3月20日、16時前に飛鳥2(50,142総トン)が入港し、18時過ぎにはオーロラ(76,152総トン)が出港。短い時間だったが、5万トン超の客船が大さん橋両岸に並んで停泊したのは初めてのことだった。日も暮れた18時15分過ぎ、消防音楽隊の演奏に見送られオーロラはホノルルへ向けて出港していった。
(2007年3月撮影)

クイーン・エリザベス2
大さん橋にやって来たクイーン・エリザベス2
♪ QE2汽笛 (1:25) ↑
2007年3月6日、ワールドクルーズの一環として寄港。直前まで小雨が降っていたが、出港時には日が差しクイーン・エリザベス2(7,0327総トン)の低く大きな汽笛が横浜港に響いた。隣はアマデア(28,856総トン)で、2006年3月まで飛鳥として運行していたクルーズ船。飛鳥2が就航するまでは日本籍最大の客船だったそうだ。
(2007年3月撮影)

関西本線

奈良駅

奈良駅にて大和路線201系と奈良線103系
奈良駅高架化工事中の頃の一枚。大和路線(加茂駅 – JR難波駅)の201系と京都へ向かう奈良線の103系が並んだ。
360度パノラマを表示する [2009.10]

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panologue (パノローグ) 創刊準備号

iPad用電子書籍『panologue』創刊準備号がリリースされました。(現在はダウンロードできません。当時の紹介記事です。)
『panologue (パノローグ) 』はiPadで見る・読む・聴く“グラフ誌”です。扱うテーマはニッポンの風景。日常の風景、残したい風景、普段は見ることのできない風景をパノラマ写真で記録していきます。創刊準備号は全国34地点のパノラマを収録しました。

京王 6000系

府中競馬正門前駅
京王6416F
京王競馬場線は東府中駅から東京競馬場へ向かうわずか0.9kmの支線である。競馬開催日には新宿方面への直通列車も運転される府中競馬正門前駅、広くて長いプラットホームも平日は閑散としていて、2両編成のワンマン列車が折り返し運転している。
2011年1月まで競馬場線を走っていた6000系6416編成(デハ6416+クハ6866)、最後は1972年登場初期の旧塗装に戻されて引退した。夕暮れ時に輝いたアイボリーの車体と臙脂帯は懐かしくてとても美しかった。
360度パノラマを表示する [2011.1]

南武線 多摩川橋梁

多摩川橋梁
多摩川橋梁を渡る南武線と武蔵野貨物線
多摩川橋梁を渡る列車。手前の線路が南武線、奥が武蔵野貨物線。日没までもう少し待とうか迷ったけれど雲が出てきた。運良く貨物列車が通過したのでカメラを回した。台風一過の多摩川土手は風が強くて少し肌寒かった。
360度パノラマを表示する [2011.7]

寝台特急 富士・はやぶさ

東京駅 (♪1:27)

富士・はやぶさ
東京駅10番線、18時03分発。通勤客で混み合う東海道線と新幹線ホームの間から「富士・はやぶさ」はひっそりと発車していた。2005年3月1日のダイヤ改正で「あさかぜ」と「さくら」が廃止されてからは、最後に残った「富士」と「はやぶさ」が東京 – 門司間を併結運転していた。下り列車は前6両が「はやぶさ」編成、後6両が「富士」編成だった。下のパノラマと切り替えて表示することができます。

東京駅 (♪2:20)

富士・はやぶさ
神田側にて。EF65が品川の車両基地から「富士・はやぶさ」+EF66を牽引して入線していた。季節が違うが上のパノラマと同じく、9番線には185系「踊り子」の回送列車、20番線にはE3系「はやて・こまち」が停車中。頭上の行き先表示には遥か九州、大分・熊本の文字、両終着駅には翌昼前に到着する長旅だった。
360度パノラマを表示する [2007.8]

大分駅 上り「富士」 (♪2:19)

大分駅を出発する寝台特急「富士」
大分駅を出発する寝台特急「富士」。門司までの牽引機はED76 69号機で、富士山型のヘッドマークを付けていた。隣のホームには883系特急「ソニック」、駅が高架化される前の風景だ。
360度パノラマを表示する [2008.12]

熊本駅 上り「はやぶさ」 (♪3:21)

熊本駅を出発する寝台特急「はやぶさ」
九州新幹線の工事が進む熊本駅を出発する寝台特急「はやぶさ」。熊本駅は15時57分発。時刻表の東京行きの表示と高架工事も入れて撮ってみた。収録音は先発の「リレーつばめ」14号の音から。列車が去ると構内は新幹線工事の音が響いていた。
360度パノラマを表示する [2008.12]

ソロ下段 (オハネ15 2002)
はやぶさ・ソロ
Panorama + 車内放送 (5:25) ↑
ソロ個室にて。かなりノイジーですが車内放送・走行音とともにヘッドホンでどうぞ。3号車「はやぶさ」と9号車「富士」に1両ずつ連結されていた1人用B寝台個室「ソロ」(オハネ15 2000番台)。車内は片側通路で、段違いに上下室を組み合わせた構造(ベッド上の”張り出し”が上段のベッド部分)。室内のベッドは枕木方向に配置され、下り列車は(着席時)下段が進行方向だった。車窓は山側(富士山側)となり下段室の通路側には小窓が付いていた。

18時03分に東京駅を出発した列車は21時頃、いわゆる”おやすみ放送”が流れ、開放式B寝台は減光、車内放送は翌朝まで中断されていた。遥か九州の駅名を聞くことができるのも長距離列車ならではの醍醐味。乗車時は大雨4分遅れ、窓に雨粒が激しく当たる音がする。収録音冒頭の鉄橋通過音は大井川である。
(2008年2月撮影)

B寝台 (スハネフ14 12)
富士・はやぶさ車内
Panorama + 車内放送 (6:45) ↑
こちらはB寝台に乗車時のパノラマ風景。毎晩21時、大井川を渡り金谷駅を通過したあたりで流れていた車内放送と走行音とともに。この時は列車廃止についてJRの公式発表前だったが新聞ではすでに報じられていた頃だったと思う。東京駅10番線にはカメラを構えた鉄道ファンが多く、それなりに車内も混んでるのかしらと乗り込むと私の他3名であった…。
東京駅は18:03発。客車がボロなので内装のあちこちから軋む音がしたり、スハネフ14は床下で常に電源用のエンジンが回っているでなかなか騒々しい。通路側の折りたたみ式の座席を引き出して車窓を眺める、ここが特等席。同じ車内のオヤジも特等席でひとり静かに呑み始めていた。ラッシュアワーで並行する通勤列車は満員だけど、この列車に気がつく人はほとんど居らず、まるで風か空気のように首都圏を走り抜けていった。
(2008年12月撮影)

朝の門司駅 下り「富士」
富士・はやぶさ
8時46分、関門トンネルを抜けて門司駅に到着した寝台特急「富士・はやぶさ」。列車はここで2分割され、前6両の熊本行き「はやぶさ」は8時59分に、後6両の大分行き「富士」は9時10分に出発していた。牽引機は東京駅〜下関駅がEF66、関門トンネルを通過する下関駅〜門司駅がEF81、門司駅から終着の熊本駅・大分駅間がED76だった。撮影は後発の「富士」側で。8号車オロネ15 3000番台は1人用A寝台個室「シングルデラックス」、14室分の窓ガラスが並ぶ。9号車オハネ15 2000番台が1人用B寝台個室「ソロ」。
(2008年2月撮影)

朝の門司駅 下り「はやぶさ」
富士・はやぶさ
こちらは「はやぶさ」側で。熊本までの牽引機、ED76 90が連結されるシーン。広くて長いプラットホームがかつての隆盛を物語る。ホーム中央部は改修されているが前後には古い上屋が残っていた。九州の玄関口として朝に夜に次々とブルートレインが発着していった門司駅、「富士・はやぶさ」が最後の寝台特急だった。
(2008年12月撮影)

門司駅 上り「富士・はやぶさ」
富士・はやぶさ
Panorama + 出発時の走行音 (3:09) ↑
雨の門司駅を出発する寝台特急「富士・はやぶさ」。18時46分、熊本発の「はやぶさ」が隣の6番線に先着。続いて18時58分、5番線に到着した大分発の「富士」と連結し、19時15分に門司駅を発車していた。上り列車は前(東京)寄り6両が「はやぶさ」、後ろ6両が「富士」だった。撮影当日の編成は、関門トンネル用の機関車EF81 410の後ろにスハネフ14-3が連結されていた。1971年に14系の先行試作車として製造されたうちの1両である。
(2008年12月撮影)

門司駅に到着した上り「はやぶさ」
寝台特急はやぶさ
Panorama + 環境音・案内放送 (1:00) ↑
門司駅に到着した「はやぶさ」は、熊本からの牽引機ED76を関門トンネル用のEF81に機関車交換。その後、「はやぶさ」編成はいったん下関方に引き上げ、大分からの寝台特急「富士」が隣のホームに到着すると後進して2列車を連結していた。環境音はその時に収録した音である。(ひとつ上のパノラマが2列車連結後、隣のホームを出発する風景。別の日に撮影したものだが車両が同じスハネフ14-3だった。)
(2008年12月撮影)

B寝台 (スハネフ14 12)
はやぶさB寝台
Panorama + 車内放送 (3:15) ↑
こちらは往路に乗車した「はやぶさ」、B寝台車内のパノラマ風景と熊本駅到着前の車内放送。往時の半分にも満たない6両編成、同じ特急でありながら、途中の福間駅では特急「ソニック」を先行させるために運転停車、という憂き目にもあった… ^^; 。東京駅で乗った4名の他に途中駅からの乗車はなく、小倉でひとり、博多でふたり降りられたと思う。気がつけば車内は私ひとりになっていた…。約1300km、18時間弱の長旅の終わりに、聞き慣れたチャイムが流れると先頭の機関車から汽笛が聴こえてきた。そろそろ“お昼”も気になる11時49分、寝台特急「はやぶさ」は熊本駅に定刻着。駅は九州新幹線全線開業に向けた工事の真最中であった。
(2008年12月撮影)

ソロ上段 (オハネ15 2005)
ソロ
Panorama + 車内放送 (5:35) ↑
往路はB寝台だったので復路はソロ上段を利用した。オルゴールのチャイムが鳴っておやすみ放送をぼんやり聞いたり室内灯を消して流れる車窓を眺めていたら、ついつい呑み過ぎて寝てしまった。これが最後に乗った「富士・はやぶさ」の思い出。
(2008年12月撮影)

根岸線

根岸駅

根岸駅を出発する東日本大震災の被災地に向けた石油列車第1便
2011年3月18日19時44分。東日本大震災の被災地に向けた石油列車第1便(上越線、日本海縦貫線経由、盛岡貨物ターミナル行き)
が根岸駅(横浜市)を出発。EF210がタンク車18両を牽引し軽油とガソリン計792キロリットルを輸送した。
360度パノラマを表示する [2011.3]