関西本線

奈良駅

奈良駅にて大和路線201系と奈良線103系
奈良駅高架化工事中の頃の一枚。大和路線(加茂駅 – JR難波駅)の201系と京都へ向かう奈良線の103系が並んだ。
360度パノラマを表示する [2009.10]

“関西本線” の続きを読む

panologue (パノローグ) 創刊準備号

iPad用電子書籍『panologue』創刊準備号がリリースされました。(現在はダウンロードできません。当時の紹介記事です。)
『panologue (パノローグ) 』はiPadで見る・読む・聴く“グラフ誌”です。扱うテーマはニッポンの風景。日常の風景、残したい風景、普段は見ることのできない風景をパノラマ写真で記録していきます。創刊準備号は全国34地点のパノラマを収録しました。

京王 6000系

府中競馬正門前駅
京王6416F
京王競馬場線は東府中駅から東京競馬場へ向かうわずか0.9kmの支線である。競馬開催日には新宿方面への直通列車も運転される府中競馬正門前駅、広くて長いプラットホームも平日は閑散としていて、2両編成のワンマン列車が折り返し運転している。
2011年1月まで競馬場線を走っていた6000系6416編成(デハ6416+クハ6866)、最後は1972年登場初期の旧塗装に戻されて引退した。夕暮れ時に輝いたアイボリーの車体と臙脂帯は懐かしくてとても美しかった。
360度パノラマを表示する [2011.1]

南武線 多摩川橋梁

多摩川橋梁
多摩川橋梁を渡る南武線と武蔵野貨物線
多摩川橋梁を渡る列車。手前の線路が南武線、奥が武蔵野貨物線。日没までもう少し待とうか迷ったけれど雲が出てきた。運良く貨物列車が通過したのでカメラを回した。台風一過の多摩川土手は風が強くて少し肌寒かった。
360度パノラマを表示する [2011.7]

米坂線

米沢駅
国鉄型気動車が並ぶ米沢駅構内
米坂線を走っていた国鉄型気動車(キハ40・キハ52・キハ58)は、2009年3月のダイヤ改正でキハE120・キハ110へ置き換えられ引退した。山形新幹線400系も今ではE3系2000番台へと世代交代している。環境音は5番線の坂町行き普通列車発車時に収録した音。
360度パノラマを表示する (♪1:23) [2008.1]

今泉駅 (DE15 2524)
今泉駅を出発するDE15‐2524
雪国の鉄路を守る除雪用機関車DE15-2524。今泉駅を出発すると豪雪険しい宇津峠が待ち構えている。米坂線のラッセル車は除雪用モーターカー(法規上、鉄道車両ではなく機械扱いとなる)へ置き換えられ姿を消した。隣で停車中の普通列車は国鉄色のキハ52-127と新潟色のキハ47-1521。
360度パノラマを表示する (♪0:43) [2008.1]

米沢駅 (キハ58 1022+キハ28 2371)
米沢駅を出発するキハ58 1022
米沢駅を出発する坂町行きの普通列車。キハ58-1022+キハ28-2371は国鉄急行色。奥に止まっている新潟色はキハ58-677とキハ47-1519。運良く新津運輸区に生き残った急行形3両とともに記録することができた。
360度パノラマを表示する (♪2:25) [2007.9]

今泉駅 (キハ52 137)
今泉駅を出発するキハ52 137
米坂線を走っていた新津運輸区のキハ52 (102, 120, 121, 122, 123, 127, 137)は、JR東日本に最後まで残ったキハ52でもあった。エンジンは標準のDMH17Hからカミンズ製のDMF14HZに換装されていた。撮影したのはキハ52-137、米沢行きの普通列車。2番線は山形鉄道フラワー長井線のYR-880形。木造の上屋は古く、色褪せた木製の番線表示やベンチがキハ52によく似合っていた。
360度パノラマを表示する (♪1:40) [2007.9]

寝台特急 あかつき・なは

2008年3月15日ダイヤ改正で廃止された京阪神〜九州間のブルートレイン。京都〜長崎間の寝台特急「あかつき」、京都〜熊本間の寝台特急「なは」の360度パノラマ記録。
寝台特急あかつき
Panorama + 入線時の走行音 (1:13) ↑
長崎駅19時30分過ぎ、4番線に入線してきた寝台特急「あかつき」。牽引機のED76 94と「レガートシート」(オハ14 302)の前で。廃止時の「あかつき」は6両編成で、開放B寝台、A1/B1/B2個室寝台のほか、夜行高速バス対策に座席車指定席のレガートシートを連結していた。ダイヤは長崎19:47発(8:55着)-京都7:53着(20:02発)であった。
島鉄撮り歩きの帰路、諫早から鳥栖へ出て「なは」で帰る予定だったが、ふと窓口で尋ねたら「あかつき」が空いていたので、そのまま予定変更。諫早からは長与経由のキハ66+キハ67に乗って長崎駅へ。最初で最後の「あかつき」の旅だった。

鳥栖駅から熊本発の「なは」と併結運転
鳥栖駅
クリックすると360度パノラマが表示されます ↑
長崎発の「あかつき」は鳥栖駅から鹿児島本線へ。この駅で熊本発の「なは」と連結、終点の京都まで併結運転していた。上下に窓が並ぶB1個室「ソロ」(オハネ15 351)の前で。鳥栖駅の3番線に到着(21:48)した「あかつき」は博多方へ引き上げ後、1番線に到着(21:32)していた「なは」と連結。817系の向こうに小さく見える885系、博多行きの特急「かもめ」48号を先行させ、22時07分の発車だった。
過去には「明星」や「彗星」とも併結運転してきた「あかつき」、最後の併結列車は「なは」だった。一方、西鹿児島まで運行していた「なは」も九州新幹線開業により熊本止まりとなり、列車愛称名の”那覇”とは遠く離れた最後だった。「あかつき」編成の6両はJR西日本、「なは」編成は電源車を含めた5両がJR九州の車両。列車廃止や短編成化の末に、最後まで残った車両をつなぎ合わせたような11両編成だった。関西と九州を結ぶブルートレインは2008年3月15日のダイヤ改正で姿を消した。

ソロ下段 (オハネ15 351)
あかつき・ソロ
Panorama + 車内放送 (4:39) ↑
乗車した「あかつき」の「ソロ」(オハネ15 351)下段にて。長崎駅を出発(19:47)した「あかつき」は、佐賀駅発車(21:29)後に”おやすみ放送”が流れた。冒頭の「ハイケンスのセレナーデ」は電子音ではなく、久しぶりに聴いたオルゴールチャイムだった。
車内は中央通路で、その左右に個室が14室ずつ全28室ある。定員を多く確保するために上下段室は重なって配置され、室内スペースは最小限。引き戸を開けると上段室の張り出しが迫ってきた(そしてそれを認識しながら頭をぶつけた私…)。足下のスリッパ周辺だけが直立可能なスペースで「富士・はやぶさ」タイプのソロと比べると窮屈。ベッドは線路方向で足を伸ばして車窓を眺めるのが快適。大きめの窓が空間の狭さを和らげてくれた。

あっけなく関門トンネルを抜けて九州を後にしたことに気がついた、下関は大雨だった。
(2008年3月撮影)

寝台特急 富士・はやぶさ (2)

2009年3月14日のダイヤ改正で廃止された寝台特急「富士・はやぶさ」の360度パノラマ記録、九州編です。
寝台特急富士
Panorama + ED76走行音 (2:19) ↑
大分駅を出発する寝台特急「富士」。隣のホームで輝く883系、特急「ソニック」よりも短い14系寝台客車6両編成で、それが九州発着最後のブルートレインの姿であった。2005年3月以降(長崎〜東京の寝台特急「さくら」廃止後)は単独運転ではなく、途中の門司駅で熊本発の寝台特急「はやぶさ」と併結して東京まで走っていた。この日、門司までの牽引機はED76 69号機で、その前面に「富士」のヘッドマーク。どこから見ても一目で富士山と分かるデザインは秀逸だった。
(2008年12月撮影)

熊本駅 上り「はやぶさ」
はやぶさ
Panorama + ED76走行音 (3:21) ↑
九州新幹線の工事が進む熊本駅を出発する寝台特急「はやぶさ」。牽引機のED76が汽笛を鳴らし、吊り掛けモーターを唸らせて駅を離れて行った。熊本駅は15時57分発。プラットホームには「はやぶさ」の乗客…、ではなく15時55分に先発する「リレーつばめ」14号を待つ乗客の列。間もなく消えゆく「東京」行きの表示も時刻表も新幹線の高架工事も全部入るところで撮ってみた。環境音は先発の「リレーつばめ」14号の音から収録。「はやぶさ」が去った後の構内には新幹線工事の音が響いていた。
(2008年12月撮影)

朝の門司駅 下り「富士」
富士・はやぶさ
8時46分、関門トンネルを抜けて門司駅に到着した寝台特急「富士・はやぶさ」。列車はここで2分割され、前6両の熊本行き「はやぶさ」は8時59分に、後6両の大分行き「富士」は9時10分に出発していた。牽引機は東京駅〜下関駅がEF66、関門トンネルを通過する下関駅〜門司駅がEF81、門司駅から終着の熊本駅・大分駅間がED76だった。撮影は後発の「富士」側で。8号車オロネ15 3000番台は1人用A寝台個室「シングルデラックス」、14室分の窓ガラスが並ぶ。9号車オハネ15 2000番台が1人用B寝台個室「ソロ」。
(2008年2月撮影)

朝の門司駅 下り「はやぶさ」
富士・はやぶさ
こちらは「はやぶさ」側で。熊本までの牽引機、ED76 90が連結されるシーン。広くて長いプラットホームがかつての隆盛を物語る。ホーム中央部は改修されているが前後には古い上屋が残っていた。九州の玄関口として朝に夜に次々とブルートレインが発着していった門司駅、「富士・はやぶさ」が最後の寝台特急だった。
(2008年12月撮影)

門司駅 上り「富士・はやぶさ」
富士・はやぶさ
Panorama + 出発時の走行音 (3:09) ↑
雨の門司駅を出発する寝台特急「富士・はやぶさ」。18時46分、熊本発の「はやぶさ」が隣の6番線に先着。続いて18時58分、5番線に到着した大分発の「富士」と連結し、19時15分に門司駅を発車していた。上り列車は前(東京)寄り6両が「はやぶさ」、後ろ6両が「富士」だった。撮影当日の編成は、関門トンネル用の機関車EF81 410の後ろにスハネフ14-3が連結されていた。1971年に14系の先行試作車として製造されたうちの1両である。

ブルートレイン全盛期は知らないが、12両の客車がゆっくりと発車していく風景も今となっては良き音の思い出である。14系の分散電源方式も雨のプラットホームで聴いていると心地よいアクセントだった。それにしても雨の中のレコーディングは悩ましい。傘は差せないし、スハネフ14の前では床下の電源用エンジン音ですべてかき消されてしまうし…、結局、プラットホーム先端にあった詰所の軒下で録音することにした。マイクとレコーダーが濡れないように苦心して手持ちするも、ついには軒からの雨粒(数滴)がウィンドジャマーを直撃… ^^;
列車を見送った後は門司港駅へ、もう雨など構わずワシワシ外へ出たから良いパノラマが撮れた。
(2008年12月撮影)

門司駅に到着した上り「はやぶさ」
寝台特急はやぶさ
Panorama + 環境音・案内放送 (1:00) ↑
門司駅に到着した「はやぶさ」は、熊本からの牽引機ED76を関門トンネル用のEF81に機関車交換。その後、「はやぶさ」編成はいったん下関方に引き上げ、大分からの寝台特急「富士」が隣のホームに到着すると後進して2列車を連結していた。環境音はその時に収録した音である。(ひとつ上のパノラマが2列車連結後、隣のホームを出発する風景。別の日に撮影したものだが車両が同じスハネフ14-3だった。)

熊本から乗ってきた「はやぶさ」は18時46着で19時15分発。その長い停車時間は、旅の終わり、九州を去らなければいけない少し物哀しい気分と時間と、足りなくなったビールなどを補充するとても嬉しく楽しい時間でもあった…(笑)。たぶん世の中の変化の方がずっと早いのだろうけど、今改めて見ると、ここ数年で鉄道の風景も大きく様変わりしたな、と思う。東京と九州を結んでいた寝台特急「はやぶさ」の愛称は、廃止後わずか2年で、東京〜新青森間を走る新幹線の愛称となった。
(2008年12月撮影)

B寝台 (スハネフ14 12)
はやぶさB寝台
Panorama + 車内放送 (3:15) ↑
こちらは往路に乗車した「はやぶさ」、B寝台車内のパノラマ風景と熊本駅到着前の車内放送。往時の半分にも満たない6両編成、同じ特急でありながら、途中の福間駅では特急「ソニック」を先行させるために運転停車、という憂き目にもあった… ^^; 。東京駅で乗った4名の他に途中駅からの乗車はなく、小倉でひとり、博多でふたり降りられたと思う。気がつけば車内は私ひとりになっていた…。約1300km、18時間弱の長旅の終わりに、聞き慣れたチャイムが流れると先頭の機関車から汽笛が聴こえてきた。そろそろ“お昼”も気になる11時49分、寝台特急「はやぶさ」は熊本駅に定刻着。駅は九州新幹線全線開業に向けた工事の真最中であった。
(2008年12月撮影)

ソロ上段 (オハネ15 2005)
ソロ
Panorama + 車内放送 (5:35) ↑
往路はB寝台だったので復路はソロ上段を利用した。オルゴールのチャイムが鳴っておやすみ放送をぼんやり聞いたり室内灯を消して流れる車窓を眺めていたら、ついつい呑み過ぎて寝てしまった。これが最後に乗った「富士・はやぶさ」の思い出。
(2008年12月撮影)

寝台特急 富士・はやぶさ (1)

2009年3月14日のダイヤ改正で廃止された寝台特急「富士・はやぶさ」。大分行きの「富士」と熊本行きの「はやぶさ」、東京と九州を結んでいた最後のブルートレインの360度パノラマ記録です。
富士・はやぶさ
Panorama + 走行音 (1:27) ↑
東京駅10番線、18時03分発。通勤客で混み合う東海道線と新幹線ホームの間から「富士・はやぶさ」はひっそりと発車していた。2005年3月1日のダイヤ改正で「あさかぜ」と「さくら」が廃止されてからは、最後に残った「富士」と「はやぶさ」が東京〜門司間を併結運転するようになった。下り列車は前6両が「はやぶさ」編成、後6両が「富士」編成だった。
(2007年1月撮影)

東京駅 10番線
富士・はやぶさ
Panorama + 出発時の列車走行音 (2:20) ↑
こちらは神田側にて。EF65が品川の車両基地から「富士・はやぶさ」+EF66を牽引して入線していた頃。季節が違うが一枚目のパノラマと同じく、隣の9番線には185系「踊り子」の回送列車、20番線にはE3系「はやて・こまち」が停車中。頭上の行き先表示には遥か九州、大分・熊本の文字、両終着駅には翌昼前に到着する長旅だった。
(2007年8月撮影)

東京駅 回送列車
富士・はやぶさ回送
Panorama + 回送時の走行音 (2:34) ↑
朝10時過ぎ、九州から到着後の「富士・はやぶさ」回送風景。9番線を使って機回し、機関車を反対方向に付け替えると、東海道線の列車の発車を数本待って品川の車両基地へ回送されていた。上り列車は東京方が「はやぶさ」、パノラマに写っている九州方が「富士」編成。回送時はいつも「ガーガー」と鳴り響いていたスハネフ15(スハネフ14)の床下発電機も落とされて静かだった。
(2008年1月撮影)

ソロ下段 (オハネ15 2002)
はやぶさ・ソロ
Panorama + 車内放送 (5:25) ↑
ソロ個室にて。かなりノイジーですが車内放送・走行音とともにヘッドホンでどうぞ。3号車「はやぶさ」と9号車「富士」に1両ずつ連結されていた1人用B寝台個室「ソロ」(オハネ15 2000番台)。車内は片側通路で、段違いに上下室を組み合わせた構造(ベッド上の”張り出し”が上段のベッド部分)。室内のベッドは枕木方向に配置され、下り列車は(着席時)下段が進行方向だった。車窓は山側(富士山側)となり下段室の通路側には小窓が付いていた。

18時03分に東京駅を出発した列車は21時頃、いわゆる”おやすみ放送”が流れ、開放式B寝台は減光、車内放送は翌朝まで中断されていた。遥か九州の駅名を聞くことができるのも長距離列車ならではの醍醐味。乗車時は大雨4分遅れ、窓に雨粒が激しく当たる音がする。収録音冒頭の鉄橋通過音は大井川である。
(2008年2月撮影)

B寝台 (スハネフ14 12)
富士・はやぶさ車内
Panorama + 車内放送 (6:45) ↑
こちらはB寝台に乗車時のパノラマ風景。毎晩21時、大井川を渡り金谷駅を通過したあたりで流れていた車内放送と走行音とともに。この時は列車廃止についてJRの公式発表前だったが新聞ではすでに報じられていた頃だったと思う。東京駅10番線にはカメラを構えた鉄道ファンが多く、それなりに車内も混んでるのかしらと乗り込むと私の他3名であった…。

東京駅は18:03発。客車がボロなので内装のあちこちから軋む音がしたり、スハネフ14は床下で常に電源用のエンジンが回っているでなかなか騒々しい。通路側の折りたたみ式の座席を引き出して車窓を眺める、ここが特等席。同じ車内のオヤジも特等席でひとり静かに呑み始めていた。ラッシュアワーで並行する通勤列車は満員だけど、この列車に気がつく人はほとんど居らず、まるで風か空気のように首都圏を走り抜けていった。

早くもビールと駅弁で満足してしまい、そのまま“2本目”に突入すると絶対にカメラなど出さなくなるので…、先にパノラマを撮った。やがて列車は大井川の鉄橋を通過し、21時に“おやすみ放送”のチャイムが聞こえてきた(環境音の冒頭でEF66 51の力行音も少しだけ聴こえます)。その後まもなく車内が減光されると夜の車窓も見やすくなる。東京駅で“呑み物”を十分に備えて乗り込んだ甲斐あって、ベッドに潜ってからもウトウトしながら遅くまで起きていた。ふとカーテンの隙き間から車窓を眺めると明石海峡大橋が見えたので、さ、寝ようと思った。
(2008年12月撮影)

根岸線

根岸駅

根岸駅を出発する東日本大震災の被災地に向けた石油列車第1便
2011年3月18日19時44分。東日本大震災の被災地に向けた石油列車第1便(上越線、日本海縦貫線経由、盛岡貨物ターミナル行き)
が根岸駅(横浜市)を出発。EF210がタンク車18両を牽引し軽油とガソリン計792キロリットルを輸送した。
360度パノラマを表示する [2011.3]

京阪電車 浜大津駅

浜大津駅前
電車が行き交う浜大津駅前の交差点
京津線(御陵 – 浜大津)と石山坂本線(石山寺 – 坂本)の電車が自動車とともに路面を行き交う浜大津駅前。京津線の列車は駅前で直角に折れ、そのまま急勾配を駆け上がっていく。併用軌道は次の上栄町駅手前で終わるが、その先の上栄町駅 – 大谷駅間には最大61‰もの急勾配と急曲線が続き東海道の難所を越えていく。
360度パノラマを表示する [2010.12]