屋代駅 (2011.11)
かつて信越本線だった「しなの鉄道」と接続していた始発駅、屋代駅の3風景。1枚目はホーム先端にて、赤帯付きの頃の3500系(O6)とその奥に立っていた0キロポスト。2枚目は3500系(O2)と木造のホーム上屋と待合室。3枚目は廃止直前の跨線橋上にて。木造の跨線橋が最後まで使われていた。
屋代線 360° Virtual Tour
2012年4月1日に廃止された長野電鉄屋代線。屋代駅 – 須坂駅間(全13駅、20シーン)の360度パノラマツアーです。屋代線は屋代駅(長野県千曲市)から須坂駅(須坂市)を結ぶ24.4kmの路線だった。須坂で長野 – 湯田中間の長野線と接続していた。かつて屋代から須坂・信州中野を経て飯山市の木島駅まで伸びていた路線が河東(かとう)線で、屋代線は河東線の一部であった。2002年に信州中野 – 木島間(通称 木島線)が廃止され、その10年後の2012年3月いっぱいで屋代 – 須坂間(屋代線)も廃止されてしまった。
東屋代駅 (2012.2)
屋代方に見える高架は長野新幹線。その先で「しなの鉄道」と合流すると間もなく屋代駅だった。
雨宮駅 (2012.2)
使われなくなったプラットホームには駅名標が残っていた。
岩野駅 (2012.2)
朝夕の時間帯以外、途中駅での乗り降りはほとんど無かった。
象山口駅 (2012.2)
線路は松代に向かって緩やかにカーブしていて、ゆっくりと列車が視界から消えていった。
松代駅 (2012.2)
松代駅も木造駅舎が健在だった。2012年2月と3月の撮影で、どちらも3500系(O6編成)。2枚目は「ありがとう屋代線」のヘッドマークが付いている。
金井山駅 (2012.2)
雨の朝の風景。屋代行きの電車。
大室駅 (2012.2)
築堤の向こうは千曲川。屋代線(かつての河東線)はこの川の東岸に沿って走っていた。
信濃川田駅 (2012.2)
朝と夕方に数回、列車交換があった信濃川田駅。夕方、須坂行きの列車が少し遅れている間に美しい夕焼け風景になった。
若穂駅 (2012.2)
古くて小さな待合室があった駅。駅の裏は上信越自動車道。ワイパー鳴きの音も収録…(笑)
綿内駅 (2012.2)
信濃川田とよく似た作りの木造駅舎だった。駅前に移動図書館が来ていて電車が去ると子どもたちの声が聞こえてきた。
井上駅 (2012.2)
西日を浴びて古いステンレスの車両がぎらりと光った。
須坂駅 (2012.3)
廃止前の須坂駅4番線。1枚目は2012年1月、引退したマルーン色の特急電車2000系(A編成)とその奥に10系電車が留置されていた。反対側のホーム奥にはりんごカラーの2000系(D編成)の姿も見える。2枚目は2月、湯田中から長野へ向かう特急「ゆけむり」と並んだ屋代線3500系(O6)。3枚目は3月、「ありがとう・さようなら屋代線」のヘッドマークをつけた3500系(O2)。
屋代線廃止後の須坂駅 (2012.6)
屋代線廃止後の4番線。あっという間に屋代線のレールは錆びて余剰となった車両も部品取りになっていた。