青函連絡船

青函連絡船 八甲田丸

八甲田丸煙突展望台からの眺め
青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸の煙突部分は展望台となっていて、青森湾や青森ベイブリッジ、青森駅周辺を一望できる。かつての青森桟橋は、車両搬入口の可動橋と引き込み線の一部が保存され、駅と連絡船を結んでいた跨線橋も残っている。八甲田丸の脇で休憩所となっていた3両のキハ27は朽ち果てて解体されてしまったそうだ。ちょうど夕日方向に岩木山が見えた。
360度パノラマを表示する [2010.11]

八甲田丸と青函連絡船戦災の碑

八甲田丸と青函連絡船戦災の碑
2枚目のパノラマは「青函連絡船戦災の碑」の前で。1945年7月と8月の空襲で青森、函館湾内、および津軽海峡で攻撃を受けた青函連絡船は壊滅状態となり数多くの犠牲者が出た。碑には1945年7月14日「翔鳳丸」が爆撃される写真と津軽海峡の地図に連絡船が沈没、座礁した地点が書かれている。
また戦後の1954年には、台風15号の暴風雨と大波で「洞爺丸」ほか4隻が座礁転覆、沈没し、あわせて1400名を越える犠牲者を出した。これが洞爺丸台風(洞爺丸事故)で青函トンネルの着工が推進される契機にもなった。その後、青函トンネルは1988年3月13日に開通、同時に青函連絡船は80年の歴史に幕を下ろした。青森発下り最終便が八甲田丸、函館発上り最終便が下記の羊蹄丸であった。
上2枚のパノラマはページ内で場面を切り替えることができます。
[2008.09]

青函連絡船 羊蹄丸と南極観測船 宗谷

青函連絡船羊蹄丸と南極観測船宗谷
東京お台場にある「船の科学館」で1996年から展示されていた青函連絡船「羊蹄丸」。2011年9月に老朽化した本館の展示を休止することになり、羊蹄丸は保存展示の終了が告げられた(その後、2012年に解体)。羊蹄丸の中を見学すると予想以上に大きく改装されてしまった内装が何とも残念で、内外装が当時のまま残されている「宗谷」の方が興味深かった。閉館時間の後、日も暮れかけてきたところで一枚。歴史ある2隻が静かに輝いていた。
360度パノラマを表示する [2011.8]

津軽海峡線のパノラマ