寝台特急 あかつき・なは

2008年3月15日ダイヤ改正で廃止された京阪神〜九州間のブルートレイン。京都〜長崎間の寝台特急「あかつき」、京都〜熊本間の寝台特急「なは」の360度パノラマ記録。
寝台特急あかつき
Panorama + 入線時の走行音 (1:13) ↑
長崎駅19時30分過ぎ、4番線に入線してきた寝台特急「あかつき」。牽引機のED76 94と「レガートシート」(オハ14 302)の前で。廃止時の「あかつき」は6両編成で、開放B寝台、A1/B1/B2個室寝台のほか、夜行高速バス対策に座席車指定席のレガートシートを連結していた。ダイヤは長崎19:47発(8:55着)-京都7:53着(20:02発)であった。
島鉄撮り歩きの帰路、諫早から鳥栖へ出て「なは」で帰る予定だったが、ふと窓口で尋ねたら「あかつき」が空いていたので、そのまま予定変更。諫早からは長与経由のキハ66+キハ67に乗って長崎駅へ。最初で最後の「あかつき」の旅だった。

鳥栖駅から熊本発の「なは」と併結運転
鳥栖駅
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長崎発の「あかつき」は鳥栖駅から鹿児島本線へ。この駅で熊本発の「なは」と連結、終点の京都まで併結運転していた。上下に窓が並ぶB1個室「ソロ」(オハネ15 351)の前で。鳥栖駅の3番線に到着(21:48)した「あかつき」は博多方へ引き上げ後、1番線に到着(21:32)していた「なは」と連結。817系の向こうに小さく見える885系、博多行きの特急「かもめ」48号を先行させ、22時07分の発車だった。
過去には「明星」や「彗星」とも併結運転してきた「あかつき」、最後の併結列車は「なは」だった。一方、西鹿児島まで運行していた「なは」も九州新幹線開業により熊本止まりとなり、列車愛称名の”那覇”とは遠く離れた最後だった。「あかつき」編成の6両はJR西日本、「なは」編成は電源車を含めた5両がJR九州の車両。列車廃止や短編成化の末に、最後まで残った車両をつなぎ合わせたような11両編成だった。関西と九州を結ぶブルートレインは2008年3月15日のダイヤ改正で姿を消した。

ソロ下段 (オハネ15 351)
あかつき・ソロ
Panorama + 車内放送 (4:39) ↑
乗車した「あかつき」の「ソロ」(オハネ15 351)下段にて。長崎駅を出発(19:47)した「あかつき」は、佐賀駅発車(21:29)後に”おやすみ放送”が流れた。冒頭の「ハイケンスのセレナーデ」は電子音ではなく、久しぶりに聴いたオルゴールチャイムだった。
車内は中央通路で、その左右に個室が14室ずつ全28室ある。定員を多く確保するために上下段室は重なって配置され、室内スペースは最小限。引き戸を開けると上段室の張り出しが迫ってきた(そしてそれを認識しながら頭をぶつけた私…)。足下のスリッパ周辺だけが直立可能なスペースで「富士・はやぶさ」タイプのソロと比べると窮屈。ベッドは線路方向で足を伸ばして車窓を眺めるのが快適。大きめの窓が空間の狭さを和らげてくれた。

あっけなく関門トンネルを抜けて九州を後にしたことに気がついた、下関は大雨だった。
(2008年3月撮影)